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WEBマガジン「TABILISTA」の取材後記。茶産地から見た、お茶の未来

2020年3月1日
コラム
若狭 和明

「ステファン・ダントンの茶国漫遊記」in 静岡

双葉社が運営する、ワンテーマにこだわる旅のWEBマガジン「TABILISTA」(タビリスタ)にて、2017年から「ステファン・ダントンの茶国漫遊記」を連載している。

1992年に来日し、日本茶に魅せられ茶商となったフランス人、ステファン・ダントンが、日本全国のお茶に関わるところを旅するコラムである。連載は56回を数え、今回はお茶のリーディング的存在の静岡県静岡市を訪れた。

静岡で見たステファン・ダントンの景色は、連載で語るとして、ここでは制作側の立場から、静岡の取材内容をお伝えしたい。

双葉社が運営するワンテーマにこだわる旅のWEBマガジン「TABILISTA」(タビリスタ)にて、連載中の「ステファン・ダントンの茶国漫遊記」。

湯呑み茶碗の外側にあるお茶の魅力

静岡県主催の第3回『ふじのくに静岡 農芸品メディアツアー』が開催された2月12日は、春の訪れを感じさせる陽気な天候だった。実際に静岡駅に到着した9時ごろには、コートはいらないほど気温が上昇していた。我々一行を乗せたバスは山間部を進み、道幅が狭くなったところで主催者が準備してくれていた自動車に乗り換えて、さらに山奥へと進んでいく。

車を降りた時点で、目の前にはふじのくにならではの光景が広がっていた。雪化粧した富士山が我々を迎えてくれていたのである。そこからは歩いて茶畑の急斜面を登っていく。新芽が出るのはもう少し先ではあるが、青々とした茶畑の姿は美しく、その中にウッドデッキと、そこに立つ一人の男性がいた。

最初に訪れたのは、ここ両河内で茶の栽培・製造販売を行う茶農家「豊好園」。ウッドデッキに立っているのは三代目の片平次郎さんだ。デッキには小さな机とお茶。農作業の休憩としてはたいそうなものだと思ったが、片平さんの説明を受けて納得。このデッキは茶畑の見学場所として設けられたもので、予約制で90分間お茶を飲みながら好きなことを楽しめる。

好きなことといっても茶畑だから選択肢はない。むしろ必要ない。デッキから望む景色は茶畑と遠方の山々、その先にはどっしりと構えた富士山。これを眺め、同行した人と一級品のお茶を飲みながら語るだけ。なんという贅沢さ。

このプロジェクトの発起人は片平さんで、実はこの地域を支えた茶工場「有限会社ぐりむ」が解体されると聞いて、両河内の茶の歴史が閉じることを危惧し、自身が社長となって地域をまとめる役を買って出た。

両河内のお茶の品質は言うまでもなく一級品。とはいえ世の中がお茶から目を逸らしている。その視線を取り戻すためのひとつの取り組みとして茶畑にウッドデッキを作ったらしい。片平さんの茶農家だけを存続することはできた。でも片平さんは一人勝ちではなく、地域全体での活性化を選んだ。そこに私はお茶の未来を確認できた。「豊好園」の三代目の片平次郎さんとステファン・ダントンは、数年ぶりの再会だった。茶畑のウッドデッキにて語り合う。

お茶の窓口を広げる集団

「豊好園」を後にした我々は、街にある「GREEN♾CAFÉ」(グリーンエイトカフェ)を訪れた。出迎えてくれたのは、スーツ姿の男たち。グリーンエイト・北條真悟さん、足久保ティーワークス・岩崎颯さん、マルジョウむらかみ園・村上博紀さん、志田島園・佐藤誠洋さん。

彼らはこの地域でそれぞれ茶農家を営む人たちで、お茶を発信するために「CHANO-KA」(茶農家)というグループでの活動もしている。先に紹介した片平さんもメンバーのひとりだ。スーツ姿に茶髪、ピアス、ヒゲと見た目はヤンチャだが、それぞれの瞳は輝いており、話をするとお茶にかける真摯な姿に変わった。

和紅茶、お茶ソフトなどを振舞われた。もちろんうまい。東京なら話題性だけで店に行列ができて、写真を撮って、インスタにアップする女子たちが騒ぐだろう。うん、これが正解なのかもしれない。お茶に視線を向けさせるためのひとつの手だ。

しかも、それはトレンドを生むためのもので終わらない。なぜなら彼たちは一級品のお茶を作っているからだ。お茶に視線を向けさせ、その先にお茶の価値を知ることとなる。お互い協力しているが、それぞれがうちのお茶が一番だと思っている。またここでもお茶の未来を確認できた。

左から、グリーンエイト・北條真悟さん、マルジョウむらかみ園・村上博紀さん、志田島園・佐藤誠洋さん、足久保ティーワークス・岩崎颯さん。

 

お茶で心は満たされるが、腹は満たされない。ということで案内されたのが静岡駅から徒歩10分ほどのところにある、「お抹茶こんどうの食堂」。定食をメインにしたお酒も楽しめる和食料理店だが、ただ腹を満たすだけではなかった。

最初に出されたのは、お茶。日本茶インストラクターの店主(近藤さん)が、お茶のうまい飲み方を指南してくれた。腹が減っているのは確かだが、その味わいにぐっと心をつかまれる。次の期待が高まったところに、地元食材で織りなす料理が登場。静岡本山産のとろろごはんが口の中をゆっくり通過して、お腹に満足を届ける。

また、お酒にもお茶が使われている。店主が石臼で抹茶を挽き、お酒にブレンドする。ビールと抹茶の二層になったビジュアルは、これまたインスタ映えしそうだ。

店を長く続けることが、地元の茶農家への貢献となり、お茶の文化を継承していくことにもつながる。だからこそ、手間暇は惜しまない。ビルが立ち並ぶ街の中にも、お茶の未来を確認した。

注文を受けてから石臼で抹茶を挽く「お抹茶こんどうの食堂」の店主、近藤さん。

お茶のストーリーは果てしなく続く

満腹状態でバスに乗って揺られていると眠くなる。街から離れて再び山景色になると、さらに眠くなる。気温は上昇し、車内に冷房をきかせるくらいの陽気の中で降り立ったのは、なんとまあ眠気を覚ます刺激的なところだった。

刺激といってもド派手なものがあるわけでもなく、ロックが流れてもいなければ、魅惑的な女性がいるわけでもない。そこには古民家の前で出迎える作務衣姿の男性があった。

自園自製自販の茶農家「山水園」の園主・内野清己さんである。山のどん詰まりの古民家で現れた男は、事前情報がなかったら仙人かと見間違えるかもしれない。お茶会を開かれるという座敷にお邪魔して話を聞くと、いや本当の仙人だと感じた。

山水園では在来種のお茶を栽培している。日本で始まったお茶の歴史を聞き、その当時の日本人が飲んだであろうお茶に興味が湧いてくる。この在来種は栽培するのがとても大変とのことで、多くの人は手を出そうとしない。

それでも在来種を残し続けるには奥深い意味があって、ここではその内容は割愛するが、それは子どもたちに向けた想いでもあった。

在来種のお茶を飲みながら、酒饅頭をパクリ。この酒饅頭にもお茶にまつわる歴史エピソードがあるのだが、ここで述べるには紙面が足りない(気になる人は山水園が主催するお茶会に参加して内野さんの説明を聞いていただきたい)。

湯呑み茶碗に入った在来種のお茶。これを振る舞う仙人。他の品種とは姿が少し違う在来種の茶畑。お茶が文化として続く根系を見たような気がした。この文化は未来にも確実に続いていく。

在来種のお茶を淹れる「山水園」の園主・内野清己さん。

価値を伝えていく人

本は価値ある情報を集めて、魅力的な表現を追求したものである。これが私の目指すところ。そんな自分と重ねては恐縮だが、お茶の業界にも似たものがあった。

静岡駅の周辺に店を構える製茶問屋「マルヒデ岩崎製茶」である。ここでは静岡の茶農家から仕入れた茶葉に火入れやブレンドをして、新たなお茶を生み出している。昭和34年創業と歴史は古いが、店主の岩崎さんは先代が早くに他界したためお茶の知識や技術を受け継いでなく、いわば素人に近いところから店を引き継いだ。つまり、岩崎さんが引き継いだところから、新たな歴史が始まったといってもよい。

茶農家からの茶葉を直接お茶にするシングルオリジンの魅力は先に述べた通りだが、加工したものだからこそ生まれる魅力もある。

その代表的なお茶が「まちこ」という商品。ネーミングの由来をメモしていなかったのでネット検索してもらいたい。この「まちこ」、30の茶農園から仕入れた茶葉が織りなすものらしく、年によっては基準を満たさない茶葉はご遠慮いただいているのだそう。どの茶葉もまとめようがないくらい個性が豊かだが、岩崎さんはこれを巧みに融合させる。

マエストロという表現がふさわしいかもしれない。「まちこ」は国内のみならず、世界でも評価を受けているようで、お茶の未来は地球規模で成り立つ予感をさせられた。

日本茶のブレンドについて説明をする製茶問屋「マルヒデ岩崎製茶」の店主・岩崎さん。

お茶に限らず、日本伝統のものや文化は、どこか美化したところで盛り上げようとする気風がある。ただ、今回出会ったお茶に関わる人たちからは、そんな美化は必要なかった。本物の価値がすべてにあったからだ。

同行したステファン・ダントンはどのように感じたのだろうか。取材後、赤提灯が並ぶ路地のおでん屋さんで、38年営む女性店主に勧められた緑茶ハイ、大根、餅巾着を幸せそうな顔でいただいていた。

その様子も含めて、TABILISTAステファン・ダントンの茶国漫遊」の57話でご確認を。

38年間、おでん居酒屋を営む店主。ひいきにしている茶農園の緑茶ハイがおすすめ。

 

若狭 和明
スタジオポルト編集部部長。日本にある価値、を本で表現し発信するのが制作コンセプト。読者の心をくすぐりたい。